土壌汚染対策法の制定に至る経緯

日本では,土壌汚染一般に関する包括的な法律は,なかなか制定されることがありませんでした。
土壌汚染対策法が成立したのは,2002年5月22日でした。そして,同法が施行されたのは,2003年2月15日になってからでした。

この法律ができるまでの簡単な経緯は次のとおりです。

【政府の取組】
① 1986年「市街地土壌汚染に係る暫定対策指針」
② 1990年「有害物質が蓄積した市街地等の土壌を処理する際の処理目標について」
③ 1991年「土壌の汚染に係る環境基準」
④ 1992年「国有地に係る土壌汚染対策指針」
⑤ 1994年「重金属等に係る土壌汚染調査・対策指針及び有機塩素系化合物等に係る土壌・地下水汚染調査・対策暫定指針」(④の改正)
⑥ 1997年「地下水の水質汚濁に係る環境基準」
⑦ 1999年「土壌・地下水汚染に係る調査・対策指針及び同運用基準」

地方公共団体の取組】
① 1993年 秦野市「地下水汚染の防止及び浄化に関する条例」
② 東京都,新潟県,神奈川県,市川市で条例制定
③ 東京都板橋区横浜市川崎市千葉市名古屋市などで要綱制定

以上のような背景のもと,ようやく土壌汚染一般に関する包括的な法律が制定されることになりました。

豊島(てしま)事件

豊島事件は,豊島総合観光開発(株)(以下「豊島開発」)が大量の産業廃棄物を不法に投棄したり野焼きしたりした,戦後最大の環境破壊事件です。
昭和50年代後半から平成2年ころまでにかけて,大量の産業廃棄物(シュレッダーダスト,廃油,廃プラスティック等)を,不法に投棄し続けましたが,香川県は適切な指導監督を行わず,漫然と放置していました。
結果として,50万トンを超える廃棄物が残されましたが,豊島開発は破産宣告を受け,適切な処理に要する費用を調達することができなくなりました。

そこで,豊島の住民は,平成5年11月,豊島開発とこれを指導監督する立場にあった香川県及び産業廃棄物の処理を委託した排出事業者らを相手方として公害調停の申立てをしました。
平成12年に調停が成立し,香川県は,謝罪のうえ,汚染土地を浄化することなどを約束しました。
排出事業者らが,数億の費用を負担し,この一部を香川県が浄化費用に充てましたが,それでも,全体の処理費用には到底及ばず,香川県は,国の支援を受けながら,現在も処理を行っています。
平成25年1月に出された『豊島廃棄物等の処理にかかる実施計画』(http://www.pref.kagawa.jp/haitai/teshima/shiryo/jissikeikaku250125.pdf)によれば,平成28年度末までに処理が完了する予定とされています。

いったん汚染された土壌を,元に戻すには,多くの時間と費用がかかるということです。
そのためにも,個々人の問題意識を高めるのみならず,行政も適切な指導監督を行うことが大切です。

参照:香川県『豊島問題ホームページ』(http://www.pref.kagawa.jp/haitai/teshima/

農用地の土壌の汚染防止等に関する法律

農用地の土壌の汚染防止等に関する法律は,1970年に制定された法律です。
神通川流域のイタイイタイ病がきっかけとなって制定されました。

同法律は,農用地におけるカドミウム,銅及び砒素などの特定有害物質が一定基準を超える場合に,都道府県知事によって対策地域が設定され,土壌の復元事業を実施するものです。

土壌の復元事業にかかる費用は,原則として汚染原因者である事業者が,その全部又は一部を負担することになりました(公害防止事業費事業者負担法。1970年制定。)。

ストックホルム条約 その5(人間環境宣言)

ストックホルム条約の3つめの成果は,

人間環境宣言(ストックホルム宣言)

です。

人間環境宣言は,リオ宣言と同じく,拘束力はないものの,重要なソフトローです。
国内法及び国際法の両者の発展において大きな影響を与えました。
実際,その言葉自体は使用していないものの,人間環境宣言は,後に広まった持続可能な発展(Sustainable Development)という概念の基礎を固めることに寄与しました。
人間環境宣言は,環境と発展を統合すること,汚染を減少ないし消失させること,及び,再生・非再生資源の使用を管理することの重要性を強調しました。
健康環境を人権の中に盛り込んだり,発展計画を非常に重視したりしている点で,人間環境宣言は,特に,20年後に出てきたリオ宣言と比べると,先見性のある定めです。

人間環境宣言は,環境保護の責任を原則的に国家や地方自治体に負わせましたが,それにもかかわらず,前文は
国際協力そして国際法が重要な役割を果たす以下の3つの分野を明確にしました。
発展途上国へのサポート
②国際協力
③国際機関の活動

原則22と原則24は,国際間協力の重要な役割についても強調しました。

原則22は,各国に,自国の管轄権内または支配下の活動が,自国の管轄権の外にある地域に及ぼした汚染その他の環境上の損害の被害者への責任及び補償に関する国際法をさらに発展せしめるよう協力することを求めました。
原則22は,20年後のリオ宣言にもほとんどそのまま使われています。

原則24は,各国に,国際協力を通じて,より環境保護に努力するよう促しています。
「・・・環境に対する悪影響を予防し,除去し,減少させ,効果的に規制するために不可欠である」ということが規定されています。
原則24は,国際環境保護は,全ての国が平等に行い,全ての国が参加して行うことが必要であると言っています。
環境問題に取り組む際の国際協力の重要性を暗に示しています。

おそらく,ストックホルム宣言で将来の国際環境法の発展のために最も重要なのは,原則1と原則21です。

原則1は,環境に関する権利と義務を定めています。曰く,
「人は,尊厳と福祉を保つに足る環境で,自由,平等及び十分な生活水準を享受する基本的権利を有するとともに,現在及び将来の世代のため環境を保護し改善する厳粛な責任を負う。これに関し,アパルトヘイト(人種隔離政策),人種差別,差別的取扱い,植民地主義その他の圧制及び外国支配を促進し,又は恒久化する政策は非難され,排除されなければならない。」
この原則は,健康環境に対する明確な権利を宣言しているわけでも,国際法において未だそのような権利が認識されていたわけでもありませんでした。それにもかかわらず,ストックホルム宣言は,各国の憲法における環境に関する人権の発展に重要な影響を与えてきました。

原則21は,環境に対する国の権利と責任を定めています。曰く,
「各国は,国連憲章及び国際法の原則に従い,自国の資源をその環境政策に基づいて開発する主権を有する。各国はまた,自国の管轄権内又は支配下の活動が他国の環境又は国家の管轄権の範囲を越えた地域の環境に損害を与えないよう措置する責任を負う。」
この原則は,リオ宣言の原則2において,ほとんど全く同じように繰り返されているのですが,ストックホルムでは,この原則に関して激論が交わされました。全ての国際環境弁護士に知られているように,原則21は,今日,国際環境慣習法の重要な明文化として残っています。

土壌汚染対策法1 (概略)

土壌汚染対策に関する法律には,
農用地の土壌の汚染防止等に関する法律
・土壌汚染対策法
の二つがあります。

農用地の土壌の汚染防止等に関する法律
足尾鉱毒事件やイタイイタイ病に端を発し,1970年に公害対策基本法が改正された際に,公害類型に土壌汚染が追加され,農用地については,「農用地の土壌の汚染防止に関する法律」が制定されました。

第1条には,この法律の目的が以下のように定められています。
この法律は、農用地の土壌の特定有害物質による汚染の防止及び除去並びにその汚染に係る農用地の利用の合理化を図るために必要な措置を講ずることにより、人の健康をそこなうおそれがある農畜産物が生産され、又は農作物等の生育が阻害されることを防止し、もつて国民の健康の保護及び生活環境の保全に資することを目的とする。

【土壌汚染対策法】
しかし,市街地等の土壌汚染については,対策が遅れていました。
政府は,水質汚濁防止法廃棄物処理法の改正によって,土壌汚染に対処してきましたが,土壌しか汚染されていない場合の対策はできない状態が続いていました。
1999年1月には,「土壌・地下水汚染に係る調査・対策指針」を出し,土壌の汚染が明らか,またはそのおそれがある場合には,土地改変等の機会を捉えて環境基準の適合状況の調査を実施し,汚染土壌の存在が判明した場合には可及的速やかに環境基準達成のために必要な措置が講じられるようにしましたが,あくまでも事業者等の自主的な取り組みを促すだけでした。
地方自治体は,条例等により,独自の土壌汚染対策を講じてきました。

有害物質による土壌汚染は,過去の汚染原因者を特定しにくく,仮に汚染原因者を特定できたとしても有害物質の使用や処理が汚染時には違法ではなかったという問題があって,規制しにくい側面がありました。

そのせいもあってか,法による規制はなかなか形になりませんでした。

しかし,有害物質による土壌汚染事例が数多く判明し,また,土壌汚染による健康への悪影響が社会問題化したことなどから,ようやく市街地の土壌汚染についても規制措置が講じられることになりました。
そして,2002年になって,ようやく,土壌汚染対策法が制定されたのです。

この法律の目的は,第1条には次のように定められています。

この法律は、土壌の特定有害物質による汚染の状況の把握に関する措置及びその汚染による人の健康に係る被害の防止に関する措置を定めること等により、土壌汚染対策の実施を図り、もって国民の健康を保護することを目的とする。

この法律の特徴は次の7つにまとめることができます。
① 人の健康に対象が限定されました。
② 原則,特定施設に係る敷地であった土地の所有者等に調査義務が課されました。
③ 都道府県知事の命令(調査及び報告について)を制度的に明確化しました。
④ 汚染土地の区域を汚染区域として指定し,それを公示することにしました。
⑤ 指定区域内の土地所有者等に汚染の除去等に関する措置義務を課しました。
⑥ 指定調査機関を設けて,調査をさせることにしました。
⑦ 指定支援法人を設けて,基金の設置等の必要な事項を定めることにしました。

ストックホルム条約 その4(UNEP)

ストックホルム条約の二つめの成果は,
THE UNITED NATIONS ENVIRONMENT PROGRAMME (UNEP)
です。

行動計画は,ストックホルムで創設されたUNEPの議題を形成することにも寄与しました。
UNEPは,今もなお環境問題に関する概括的な権威を持つ,国連の重要な機関です。
UNEPは,一般的に,グローバルな環境情報を収集したり配信したりする責任を負っており,また主要な国際環境条約の発展と交渉において重要な役割を担ってきました。2001年5月に発表されたグローバルPOPs(Persistent Organic Pollutants)条約が最近の例です。

また,UNEPは,いくつかの条約の事務局として機能しています。例えば,生物多様性条約や有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約などです。

UNEPについての詳しい解説は後日行います。

ストックホルム条約 その3(環境国際行動計画・The Stockholm Action Plan)

ストックホルム会議で決まった3つ(環境国際行動計画,UNEP,人間環境宣言)の一つである環境国際行動計画は,次のような内容でした。

1 環境国際行動計画
 環境国際行動計画は,国際的な行動を必要とする環境問題が何か,を網羅的に特定する試みでした。
 次の5つの主な分野の中に,106個の優先課題が定められました。
 ① 環境クオリティを維持するための住環境の計画と管理
 ② 天然資源管理の環境的側面への配慮
 ③ 重大な越境汚染の特定と管理
 ④ 環境問題に関する教育,情報,社会,文化の各側面の開拓と強化
 ⑤ 発展と環境への配慮と融合

 行動計画は,グローバルな環境アセスメントプログラム(アースウォッチ)を取り入れました。
 そのプログラムは,生物圏についての情報を継続的に獲得するために不可欠なものです。
 行動計画は,また,その後の国際間の環境合意の発展に大きな影響を及ぼしました。
 例えば,行動計画の課題33は,「政府が,緊急課題として,IWC国際捕鯨委員会)と関係するすべての政府の庇護下において,商業捕鯨の10年間の猶予のための国際合意を提唱する」ことを課題としました。
 IWCは,結局,その禁止を採用することになります。
 行動計画は,絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約ワシントン条約),移動性野生動物種の保全に関する条約(ボン条約)や海洋法に関する国際連合条約において,似たような詳細なアドバイスをしています。