ストックホルム条約 その2

ストックホルム会議は,そのころまでに開催された国連会議の中でももっとも成功した会議の一つでした。113カ国が出席しましたが,冷戦のまっただ中に開催されましたので,東西の政策が影響を及ぼしました。
ソ連とその他のソ連圏の国々は,最終的には会議の決議を支持する予定だったのですが,東ドイツが招待されなかったため,ソ連圏はボイコットしました。

ストックホルム会議の大きな成果物は次の3つです。
1 環境国際行動計画
2 UNEP(the United Nations Environment Programme/国連環境計画)及び関連する環境ファンドの設立
3 人間環境宣言

これらの詳しい中身の解説は,次項で行います。

ストックホルム条約

国連総会は,ストックホルム会議の主目的を次のように位置づけました。

政府や,国際間の協力による人間環境の保護と向上,環境被害の修復と予防をするために作られた国際機関によって,ガイドラインを作って浸透させるための実用的な方法を提供すること。その際,発展途上国においてもそれらの問題の発生を未然に予防できるようにすることが特に重要であることを忘れないように意識しなければならないこと。

ストックホルム会議のために作られた背景レポートの「かけがえのない地球“Only One Earth”」((BARBARA WARD & RENEE DUBOS, ONLY ONE EARTH: THE CARE AND MAINTENANCE OF A SMALL PLANET, (1972)))(“Only One Earth”は,同時に同会議のキャッチフレーズ)において著者は,会議の出席者は将来世代に対する責務を負っていると述べています。
このレポートは,環境問題を,現在の産業の発展だけではなく将来世代に対する義務も同時に考慮することが必要であることを説いた,初期のもっとも重要な著作物の一つで,有名な「我ら共通の未来“Our Common Future”」の基礎となりました。

ストックホルム条約への道のり

 環境に関する条約は,実は,結構古くからあります。
 例えば,オットセイの保護に関する条約は1911年7月7日に日本とその他の諸国との間で締結されています。
 また,流水権に関する1929年の条約もあります。

 産業の発展に伴い,国境を越えた公害の問題が発生しました。
 1930年代には,カナダの精錬所から出た二酸化硫黄が国境を越えてアメリカに流れてきて,穀物が被害を受けるという事件が発生しました。このときの仲裁決定は,今でも重要な指標となっています。

 しかし,国際環境法が実際に充実してきたのは,1970年代初期になってからです。
 このころは,産業の発展に伴う公害が発生したことにより,先進国では環境に関する国内法が徐々に充実してきました。
 
産業の発展に伴い,特にヨーロッパでは公害が国境を越えて隣国に行きやすいという特色があったため,国際レベルでの議論が活発化しました。1968年にはスウェーデンがグローバルな環境問題についての国際会議の開催を提唱しました。後にスウェーデンが開催国となり,ストックホルムで1972年国連人間環境会議が開かれました。

 ストックホルム会議が開催されるまで,開発途上国の国々は,公害問題を話し合うどころではありませんでした。これらの国々は,植民地支配から独立したばかりで,自国の権利や力を守りたいという意向を強く持っていました。1960年代,70年には,数の力で,これらの開発途上国は,国連総会において,自国の開発権,天然資源に対する支配権,国内レベルでの環境政策を自分たちで行う権利などについて,決議を次々と獲得していきました。この流れは,開発途上国が「新しい国際経済の秩序」を発展させるための努力の1つでした。そして,「南」から「北」への資源の流れを変え,国際経済において平等な社会を築くことを望んだのです。

 ストックホルム会議の6か月前からの開発途上国の周到な準備により,国際会議での決議で,環境保護開発途上国の発展を阻害しないものであり,環境政策はそれぞれの国に任されるべきであるということが強調されました。
 

企業環境法とは

環境法とは,環境への負荷を防止・低減することを目的とする法(法令,条例,条約等)の総体をいう,と定義づけられています(大塚直『環境法(第3版)』有斐閣32頁)。
つまり,「環境法」という名前の法律そのものがあるわけではなく,環境に関係する様々な法を総称して,このように呼んでいるのです。

ですから,「企業環境法」という名前の法律もありません。
一般に,企業環境法とは,環境法のうち企業活動に関わる法令,条例,条約等を指します。

企業活動に関わる法令は,次のように分類できます。

まず,環境基本法は,環境保全施策を総合的かつ計画的に推進することを立法趣旨として(1条),環境の保全について3つの基本理念を定めています。

  • 環境の恵沢の享受と継承等(3条)
  • 環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築等(4条)
  • 国際的協調による地球環境保全の積極的推進(5条)

この環境基本法は,大きく分けて2つの要求項目を設定しています。
(1)環境基準の設定(16条)
(2)排出等の規制(21条)

環境基準の設定
「政府は,大気の汚染,水質の汚濁,土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について,それぞれ,人の健康を保護し,及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする」と定められ,行政上の政策目標を設定することが求められています。

排出等の規制
国は,環境保全上の支障を防止するため,典型七公害について,事業者等の遵守すべき必要な規制の措置を講ずることとしています。
ここでいう,「典型七公害」とは,①大気汚染,②水質汚濁,③土壌汚染,④騒音,⑤振動,⑥地盤沈下,⑦悪臭の7つの公害をいいます。
「規制の措置」の内容としては,排出等に関する規制,土地利用,施設設置に関する規制,許可制,認可制,禁止,義務づけ,届出,改善命令等があります(淡路・岩渕『企業のための環境法』有斐閣17頁)。
これらの規制措置を定めた法律として,以下のものがあります。
①大気汚染  
大気汚染防止法道路運送車両法道路交通法電気事業法,ガス事業法等
②水質汚濁  
水質汚濁防止法,海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律,瀬戸内海環境保全特別措置法,湖沼水質保全特別措置法
③土壌汚染  農用地の土壌の汚染防止等に関する法律,土壌汚染対策法等
④騒音    騒音規制法,道路運送車両法道路交通法
⑤振動    振動規制法,道路交通法
地盤沈下  工業用水法,建築物用地下水の採取の規制に関する法律等
⑦悪臭    悪臭防止法,化製場等に関する法律等

しかし,企業活動に関する環境法は,これらにとどまらず,例えば,民法不法行為(709条)や,その特別措置を定める公害に係る事業者の無過失損害賠償責任制度(大気汚染防止法25条,水質汚濁防止法19条)のような私法と,業務上過失致死傷罪(刑法211条)の特則を定める「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律」のような刑事法もあります。

さらに,生物多様性条約,気候変動枠組条約バーゼル条約など,企業活動に影響を与える環境に関する条約もたくさんあります。